「今」は一瞬「過去」の記憶も一瞬
目の前を歩いていた年配の男性が、被っていた帽子を、あっという間に奪われました。 犯人は、カラス。 気づいた時には、帽子はもう空へ。男性は怒って、カラスを追いかけていました。 向こうから歩いてきた若い女性二人には、その一連の出来事が、どうにもツボに入ってしまったようです。心配だけれど、笑いを堪えられない。 辺りは、ちょっとした騒ぎになりました。 でも、帽子を奪われた瞬間を見ていなかった人には、何のことやら。その瞬間は、もうどこにもないのです。 「あっ」と思った(言った)時には、もう過去になっているのですね。 私は確かに、その場面を見ました。けれど、こうして書いている今は、その時の記憶です。 男性の怒った姿も。 女性の心配と笑いが入り混じった顔も。 帽子を持って飛んでいくカラスも。 全部、もう過去のこと。 「今」起きていることをつかまえようとすると、手の中に残るのは、薄らいでいく「今」です。 あの男性も、その後誰かに 「さっき、カラスに帽子を盗られてさ」 そんなふうに話す頃には、あの騒ぎも、一つのネタになっているはずです。 もしそれを笑いながら語っていたら、格好いいなあ。 今、起きていること。 それがあっという間に、過去になっていくこと。 帽子がカラスと共に空へ飛んでいくその一瞬に、私はその両方を見たような気がしました。