人差し指は傷ついていた
久しぶりに、やってしまった。 看板本体を製作中に、 左手の人差し指をガツンと。 ガツン。 鉄扉に人差し指だけを残し、思いっきり閉められた。 そう思うと、分かりやすい。 初日は、痛みで眠れなかったほど。 左手とはいえ、何かと不便だ。 3日目ぐらいになると、痛みもやわらいできた。 しかし左手の扱いも、いつもと同じようになってくる。 すると、思いがけない動作で、 人差し指の先端が何かにぶつかる。 「はう」 言葉になっていない。 「なんで!気をつけて、ゆっくり動かしたじゃん」 そう言っても、痛みは消えない。 4日目になり、関節も普通に動くようになっている。 それでも、人差し指の先端はどこかにぶつかる。 ぶつかるたびに、 「はう」が続く。 そこで、気づいた。 「そうか。今までお前は、当たり前のように、どこかにぶつかっていたんだね」 ——お前とは、人差し指のことね。 コップを取る。 ジャケットを羽織る。 自分の体で痛みを知った時、はじめて、 その存在の意義や価値を知ることができたのだ。 ああ。 これは、人との関係性と同じだな。 何気ない一言や動作。 そこに作為はなかったとしても、相手に何かしらの影響を与えているかもしれない。 もしかしたら、それは 痛み にもなっていたかもしれない。 そこに気づかせてくれた、我が人差し指よ。 お前は、こんなにも毎日、 私の何気ない動作の先頭に立ってくれていたんだね。 慣れた作業だから大丈夫。 右手じゃなくてよかった。 そんなふうに思った自分が、少し恥ずかしい。 それなのに、ぶつけるたびに、 文句まで言ってしまった。 悪いのは私のほうだったね。 本当にごめん、人差し指。