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幻想的幸福

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  過去ほど苦しくて恥ずかしいものはない。 しかし私の脳は、 嫌な事をただ削除をするのではなく、 盛ったり、削ったりと しっかりと素敵な記憶に変換してくれる。 しかし常に素敵な過去になるわけではない。 記憶がぼんやりとしていると、素敵な変換はできない。 ぼんやりでもいいから 素敵な『過去』に変換し、 幻想でもよいから幸福感に包まれたい。 しかしそんな幻想を 何故、脳は観せてくれるのだろうか? もし観せてくれなければ、 生きる力を失ってしまうのかもしれない。 過去を事実のまま全て記憶したならば 未来に希望など持てるだろうか? いや、それであれば せっかく脳が創ってくれた素敵な『過去』に どっぷりと浸かりたい。 生きるということは 後悔と反省、そして積みあがった不安を、 潰していく繰り返し。 『過去』がデータで残っていたとしても、 真実を保存する必要はない。 『今』の自分が都合よく新解釈をすれば良いのだ。 それは誰にも邪魔をされない 自分だけの幻想的幸福 『至福の今』なのである。 と言いつつも この瞬間も『過去』になっていく・・・

過去にしがみつきながらも彼らの死を受け入れる

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   中学生の時、  ジョンレノンが亡くなり、  その後   彼と会えるのはレコードジャケットだけでした 。  大学生の時、  松田優作さんが亡くなり、  その後   彼と会えるのはレンタルビデオ店でした 。  最近、  高橋幸宏さん、坂本龍一さんが亡くなりましたが、  彼らとはリモコン操作ひとつで、  今の自分よりも若い姿の彼らに会える、いや、  観ることができる時代になりました。  当然ですが、会った事は無いですから、  死んでしまったといっても、  実感がわきません。  なぜなら   モニター越しの彼らは   生き生きと輝いているのですから。  私の中で   彼らは死んでいないのです。  でも   新しい、今の 彼らを   観ることはできないと思うと   苦しくなります。  死とは、  本人の問題では無く  (だって死んでますから)   本人の周りが感じるものなのですね。  死んだ人のメッセージは共通していて、  『次は君の番だから、愉しんで生きてね』   そう伝えてくれているような気がします。  死ぬまで大好きです、憧れの人達。 

へーこら

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いかにも お金有るぞーっと オーラを放つ若手社長様から 「安い単価で へーこら へーこら すんの嫌でしょ?」と言われ、すかさず 「屁ーこいて コラって」怒られるのは嫌ですね!と親父ギャグで返したが 気持ちの中に、何か堅いものを飲み込んでしまったような違和感と 確かに嫌だよなーと、異なる思いが交差した。 しかし、この仕事をしていて「へーこら」したことは一度も無い。 何故なら する必要が無いからである。 どこかで看板という需要が生まれ それに対し、相談に乗り、相手の喜ぶ顔を想像しながら 行っている私達の仕事に 「へーこら」する必要がどこにあるのだろうか? もっともお客様の方が(頼む方が)シンプルだ。 当社に価値が見いだせなければ 頼まないだけである。 その人に何を言おうとも 、 例え「へーこら」しようとも 価値が無いものは無いのである。 ある日、見積り依頼があった。 そこでデザイン案と見積り 120000円 程を提示した。 すると連絡があり、もう少し安くしたいので 【こちらに来てくれ】とのこと。そして事前に 指定した日時に電話をし、 そこで確約をとってくれと。 しかも安くしたい理由は、 今回の看板は必要としないもので ある義理をたてて作るのだとか。 この依頼をあなたのご商売だとしたら受けますか? これが100万円だったらすぐに応じる? 利益が無いから断る? さて果たして私はどうしたか? 結論から言えば 私は、指定した日時に電話をし、 お伺いし、そして値引き交渉に応じた。 但し値引きはしませんでしたが。 なぜそうしたかって? それがビジネスであり、それがいつか たくさんの収穫ができる種になると信じたから。 種を蒔かねば、作物は収穫できない。 作物を収穫する為に種を蒔く。 この行為に「へーこら」をする必要ない。

私の「スイッチ」はどこ?

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人は追い込まれると 予想外の事をしてしまう。 そんな事があります。 これはある経営者の話し。 積み重なる 債務超過額と借入金額 頭を下げる日々が続き、 下げることにも疲れてきた時 その社長には 2つの選択肢 が見えたそうです。 1つは すぐに倒産。 もう1つは何と 社員旅行? 何故?旅行かと言うと、 もう駄目なんだから、 社員さんにお詫びの気持ちを込めて だそうです。 彼はその旅行があまりにも楽しくて 部屋で独り隠れて泣いたそうです。 それは彼の中で 「スイッチ」が入った 瞬間でした。 帰ってきてから取り憑かれたように 書類整理を始め、 (何が悪かったのかを知りたかったそうです。) そこで彼はある事に気づきました! なんだ???これは!、、、、 あれから今は 債務超過をクリアし、 借入額も半分に。 予想外の状況に追い込まれた時や、 自分の内なる声に素直に耳を傾けた時に 窮地を切り開く「スイッチ」は 見つかるのかもしれません。

ペンキの匂いが嫌だった

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これから語ることを、 より判りやすくするには  自分の幼少時代から、語らなければならない。  生まれた家が看板屋なのだから 家の匂いは当然ペンキの匂いである。  私が少し変わっているのは、 この時に脳が シンナーに犯されていたからだと思う。  カラフルとは縁遠いペンキ缶が縦横に並び 妙な液体に浸かった ハケが並んでいた。  昭和時代のザ・看板屋である。 しかしこれが本当に嫌だった。

はじめに

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社長ブログといいながらも、等身大のひとりの人間として 日常での想い方、考え方、見え方、やり方などを エッセイ風に書いてます。