生きがいって必要ですか?

道のない山を前に地図を持ち、歩いてきた軌跡を振り返る青年

社会の先輩たちはこう言います。

「自分だけの生きがいを見つけて自分の道をつくるんだ」と。

「誰かが引いたレールから降りろ」と言われたり

「自分だけのレールを敷け」と言われたり。

結局、
レールなのかーいって感じです。

自由に生きなさい。

自分らしくありなさい。

好きなことを仕事にしなさい。

言っていることは分かります。

でも、これって努力して見つけるものなんですかね?

答えが見つからないとき

自分の中に答えがなければ、人は社会の中に正解を探します。

それは「自分を持っていない」からではありません。

分からない中でも、何とか前に進もうとしているからです。

「ない」
ではなく
「まだない」

「まだ」には今とは違う可能性
「これから」が残っています。

「生きがい」は最初から見つかるものではなくて、人と出会い、失敗し、ときには道を外れながら、少しずつ形になっていくものなのかもしれません。

仕事では見つからないかもしれない。

多くは見つからないかもしれない。

途中で変わるかもしれない。

それで全然いいんだと思うんですね。

「生きがい」とは生きるために敷かなければいけないレールではなく

振り返ったとき、
自分が生きてきた軌跡が
一本につながって見える。

そのとき初めて、

「ああ、これだったのか」

と感じるものなのかもしれませんね。


 

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